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<ノベル>
ACT.1★そうだ、野遊びをしよう
Table on the table.
カフェスキャンダルの一角にある、テーブルの上にさらに設けられた、小さいものたちの専用席。
それは、たとえば激動の銀幕市に日々運命を翻弄され、心身が疲弊しているハードボイルド系青年であったとしても、ひとめ見るなりほっと肩の力が抜け、ほわんほわんと心がほどけて、やがては「くはぁーー! かばいぃぃぃー! ちょっと君ぃ、あのちっちゃい子たちにスイーツメニューを端から順にプレゼントしてくれたまえ。もちろん俺のおごりだとも。ささやかなお近づきのしるしにね!」と、とろけんばかりの笑顔で言ってしまう、銀幕市最強の癒されまくりスポットである。
本日の小さいものクラブ出勤名簿は、太助、ブラックウッドの使い魔、クレイジー・ティーチャーが引率する人魂s、 来栖香介のバッキー『ルシフ』、三月薺のバッキー『ばっくん』という、メガパー萌え転がりなゴージャス面子が勢揃い。
なので、あっちのテーブルからは差し入れが、こっちのテーブルからは写メの音がそんらもうひっきりなし。注文を受けるウエイトレスもてんてこまいである。
「太助さーん。カウンターのお客様から、『春咲パステルケーキ』です。ふわふわ紅茶シフォンにフルーツクリームの小さな花を散りばめた、カフェスキャンダル春の新作ですよ」
「こちら使い魔くんへ、3番テーブルのお客様から『つっちーへ愛を込めて:新鮮ミルクシュークリームと完熟あまあまフルーツシャーベットの盛り合わせ』です」
「5番テーブルのお客様から人魂sちゃんへ……って、お客様、ご注文じゃないんですか? この大量のお取り寄せ厳選素材キャンディをポップでキュートなあの子たちに渡してくれればそれでいい? 決してCTには気づかれるな? ……お客様? もうお帰りですか? お客様ーーー!?」
「7番テーブルのお客様からルシフくんへ。カカオ100%チョコ(注:カフェスキャンダルにてルシフくん専用に常備)、ファンレター添えです。いつもジャーナルを読んでらっしゃるそうですよ」
「どうなさいました、11番テーブルのお客様? あ、はい、あのラベンダーのバッキーが三月家のばっくんですが何か? ……うわすごい、100本の紅薔薇。これにチョコムースオレンジソースがけのお皿を添えてお渡しすればいいんですね。ばっくんの美少女戦士姿が胸に焼き付いているけど、そんなこと直接言ったらドン引きされるから近づけない? そりゃそうでしょう、賢明なご判断です」
そして、大騒ぎの小さいもの席を取り囲むように、保護者の皆さんも輪になって座っていた。
「楽しそうだこと。……ほんとにねえ、いつもうちの太助と仲良くしていただいて。皆様にはお変わりなく」
太助がお世話になっているおばあちゃんもその場にいて、ほのぼのと湯呑みを手にしている。
「まあ、な。この前は助かった」
香介も、ぶっきらぼうな彼にしては珍しく、おばあちゃんに相槌を打っていた。以前、小さいものたちが海賊船への大冒険に向かったとき、おばあちゃんは、すわ、ムービーハザードかと思われたほどの、スーパーまるぎんのタイムセールに突入する銀幕市素敵な奥様ズの荒波を食い止めたのだ。その実力に、敬意を表しているのである。
「レディもお元気で何よりだね。お近づきになれて光栄だ」
ブラックウッドが魅惑のベルベットヴォイスの大盤振る舞いをするものだから、あちらこちらでウエイトレスが腰砕けになっている。すぐ隣に座っていた薺もその直撃を受けたものの、果敢に「がんばれ、私」と呟いて平静を保っていた。
「おばあちゃん、とってもお料理上手だっていつも太助くんから聞いてますよ。今度教えてくださいね」
「ソウソウソウ、ホラ、去年の春、太助クンがオバアチャン特製の『ヨモギモチ』と『カシワモチ』、カフェに持ってきてたよネ。アレ食べタイ」
こと甘いものに関しては超絶的記憶力を誇るクレイジー・ティーチャーは、季節限定手作り甘味をピンポイントでプッシュした。おばあちゃんはにっこりと頷く。
「はいはい、わかりましたよ。たくさん作りましょう。そういえばヨモギの予備がないから、杵間山で摘んできませんとね」
「そんならばあちゃん、俺、代わりにつんでくるよ。遠出すんの、たいへんだろ? ……そうだ!」
太助のくりっとした目が、茶目っ気たっぷりに輝いた。やんちゃさ3割増しのそれは、『たすーたいちょー』の顔である。
「どうせなら、俺らだけで杵間山にあそびにいかね? 桜、散っちゃったけど、あったかくなって、野原にたくさん花もさいてるだろうしさ。たくさんおべんとう持って、ピクニックしよう。ばあちゃんのヨモギのほかにも、ワラビとかゼンマイとか探したり、川で魚つかまえたり、泳いだり」
「んぷ、ぷぎゅー(訳:みんなでおでかけ、たのしいです)」
つっちーが、ほっぺたにまるっとシュークリームを頬張ったまま、翼をわたわた何度も振って降ろして賛同した。
「ぷぎ、ぷぎゅう。ぎゅーむ!(訳:おはないっぱいののはらでぴくにっくなのです。ばんざーいです!)」
人魂sも、きゃっきゃとひと固まりになってはしゃいでいる。
《お花、どんなのが咲いてるのかな》
《れんげ草でしょ、すみれでしょ、たんぽぽでしょ》
《たんぽぽ! 綿毛がとぶんだよね。見たい見たい、たんぽぽ》
《川のおさかなって何がいるの?》
《ヤマメとか、イワナかなぁ》
「ギ、ギギッ、ギギィ(訳:ふん。……まあ、運動にはなりそうだな)」
ルシフはクールにカカオ100%チョコを囓りながら、それでも異は唱えない。ごく一部に、そのツンデレっぷりがたまらんというコアなファンがいるらしいのだが、それも頷ける。
そして、無口なばっくんはといえば。
「………?(紅薔薇100本に埋もれ、しばらく途方に暮れていた)」「……(チョコムースをひと囓り)」「……♪(おいしかったらしい)」「……!!♪♪(ピクニック案を聞き、つぶらな目を見張ってこくこく頷く)」
眺めているだけで、その心情が伝わってくる。ばっくんも大賛成のようだ。
しかーし。
ここで、保護者を代表して、クレイジー先生が物申した!
「キミたち、ちょーっとマッタァァ! 小さいモノだけで杵間山に行くなんてコト、先生許しまセン!!」
「そうだねえ、街なかとはまた違う危険があるだろうからね」
「そうですね……。私もついて行きたいかな……」
ブラックウッドと薺も思案顔だ。
香介は、
「山で遊ぶくらい、別に平気だろ?」
の立場で、おばあちゃんは、
「ご心配でしょうけど、太助が頑張りますから大丈夫ですよ」
と、お茶をすすって微笑む。
「デモ……。やっぱり保護者同伴のほうガ……」
なおも不安げなCTに、自立心旺盛な生徒のひとりが反発する。
《先生、あたしたちがしんようできないの?》
「そんなコトないよステファニー! アノネ先生はただ」
《生徒をそくばくするのって、いけないと思うの》
「OH! ステファニー! キミたちを心配しているダケなんだヨ」
《ピクニックはあたしたちだけで行くからね。先生はついてこないで》
「OHHHHHH〜〜〜〜!!! NOOOOOO〜〜〜〜〜!!!!」
さめざめとCTは泣き崩れ、ブラックウッドは仕方ないねぇと苦笑し、薺は、CTさん、ステファニーちゃんはCTさんのことが大好きなんですよ、だけときっとお友達同士で遊びに行きたいときもあるんだと思うんです、と慰め、香介は、オレそろそろ帰るわ、と呟き――
そんな保護者さんズをよそに、「小さいものクラブ、杵間山でピクニック企画」が、ここに発動したのである。
ACT.2★鬼ごっこ、山菜摘み、川遊び、ペス殿がきた(注:遊びの名称)
さやさやと吹き渡る春風が、広葉樹の若芽特有のすがすがしい香りを運んでくる。
小さいものたちは揃って深呼吸し、まずは探検だ! と叫んで、思い思いの方向へ駆けた。
足に触れる草むらは、夏になれば剃刀のように荒々しい硬さを持つのだが、今はまだ萌え始めたばかりの優しい薄緑で、彼らの柔らかな四肢を傷つけたりしない。
野山を照らす春の日射しもほどよく穏やかで、真昼の光にさらされると儚く見える人魂たちも、今日は元気なあたたかい色を有している。
《あ、たんぽぽ。あの黄色い花、たんぽぽだよね?》
《たくさん咲いてるね。あのうすむらさきの小さい花、なんだろ?》
《すみれだとおもうよ。かわいいねー》
《ね、ねねね! なにこれ。ふわふわがいっぱい》
《たんぽぽの綿毛だ。ずいぶん高くとぶんだね》
《どこまでいくのかな。おいかけようか?》
《鬼ごっこしようよ。たんぽぽときょうそう!》
《オッケー。ようい、ドン!》
「ぷぎっ! ぎゅむ、ぎゅぎゅ!(訳:たすーたいちょー! むこうのきのしたで、よもぎたくさんはっけんしたです!)」
「よぉし、えらいぞつっちー。たくさんつもう! カゴもってきたから、この中に入れよう」
「ぎゅぎゅ、ぴゅぎゅ(訳:りょうかいですたいちょー! おばあちゃんよろこぶですね)」
「あと、ばあちゃんからの依頼で、できれば、ワラビとゼンマイとウドとタラの芽も見つけてきてっていわれてんだ」
「ぷぎゅぎゅー! ぎゅむぅ(訳:ぜんまいさんてぐるぐるしてますか? だったらさっきとおったさかみちのとちゅうでみかけたですよ」
「そっか。俺見落としてたよ。さすがつっちーは情報しゅうしゅう能力ばつぐんだな」
「ぷ。ぷぎぎっ(訳:えへへ、てれるです)」
たんぽぽの綿毛と鬼ごっこを始めた人魂sは、彼ら自体が大きな花びらのように、ふわりふわりと天高く舞い上がっていく。かたや、たすたいちょーとつっちーは、おばあちゃんの山菜摘みミッションを遂行するため、ひたすら野を往くのだった。
そして、ルシフ&ばっくんの異色バッキーコンビは、少し離れた小川のほとりにいた。
「ギギッ。ギギ(訳:いいか、川魚っていうのはすばしっこいんだ。捕まえるのにはコツがいるんだぞ)」
「……(こくこく頷いている)」
「ギィ、ギギ、ギ(訳:見つけてから追いかけちゃだめだ。あいつらのスピードにはかなわない)」
「…………?(じゃあ、どうすればいいんだろう、という瞳)」
「ギッ、ギギッ(訳:川の中に入って待ちかまえるんだ。そうすれば、向こうのほうからやってくる)」
「……!!!(ルシフってすごい!!! という、尊敬のまなざし)」
しかしルシフくんは、その戦略どおりに川に入ってお手本を見せたものの、やってきたヤマメの大群に翻弄されて、ざばーんと尻餅をついてしまった。それでもばっくんは、「……(あんなに一生懸命に……。すごいなぁ)」と、尊敬の念は変わらないようだった。
そ・し・て。
いくら、お友達だけで行くんだからついて来ちゃダメ! と言われても、そーゆーわけにはいかないのが保護者ごころだったりしちゃったり。
だってだってだって、心配なんだもん。
というわけで、ひときわ大きな草むらの中には、ごそがさごそと保護者3名(CT・薺・香介)がひそんじゃっている。
ケヤキの枝には、漆黒のフクロウ姿のブラックウッドが止まっていらっしゃる。
CTはもー、先刻から生徒さんたちの愛くるしさに悩殺されっぱで大騒ぎである。
「か」
ひとこと叫んで思い切り間を取り、胸かきむしって倒れる始末だ。
「かんわいぃィィィィィィーーー! 銀幕市でよく聞く『モヤシコロサレル』っていう表現は、こういう気持ちのコトを言うんだネ!」
「CTさん、しっかり」
「ナニあのエンジェルス。タンポポの綿毛と鬼ごっこダヨ! タンポポの綿毛と鬼ごっこ!」
「2回言うな」
「Kurutanだってルシフのお兄さんぶりと尻餅に胸キュンしてるクセに」
「……Kurutan言うな」
「くすっ。でも、バッキー2匹で川遊びって、可愛いですね。ばっくん、お魚つかまえられるかな?」
鬼ごっこと山菜摘みと川遊びが一段落したところで、小さいものたちは広い野原に全員集合した。
今から、たすーたいちょーが新規開発した、刺激的な遊びを行うのだ。
その名も「ペス殿がきた」。
そらいったい何やねんという感じだが、要は「だるまさんがころんだ」である。
あの要領で、だるまさんがころんだの代わりに、「ぺ・す・ど・の・が・き・た」とスリリングな発言をするというものであるのだが……。
結果として、まあそのあれだ、あまりゲームっぽくなりませんでした。
太助は声が強ばるし、つっちーは固まるし、ルシフは戦闘を意識して身構えるし、人魂sはホントにペス殿が来たと思って空中でガクブルしちゃったので。
そんなこんなで時は過ぎ、そろそろお弁当アーンドおやつの時間。
おばあちゃんが太助に持たせてくれた、お手製の蒸しパンと甘い紅茶を囲み、ぐるりと輪になる。
――みんなで仲良く食べなさいね。楽しいピクニックになるといいわね。
おばあちゃんの言葉どおりの、ほっこりした味わいの蒸しパンと、太陽光だけでじっくり抽出したサンティーは、甘くやわらかく、遊び疲れた身体に沁みていく。
「わわ、うまいー」
「ぴゅう。ぷぎゅう(訳:おいしいですー!)」
「ギッ、ギィ、ギギ(訳:ふっ、まずくはないな)」
「………♪(ごきげんで食べている)」
《むしパン、やわらかいね》
《紅茶もあまくておいしいよ》
《……ぐすん》
《どうしたの、ステファニー?》
《先生にもたべさせてあげたい》
《……ステファニー》
《先生がいたら、もっと楽しいのに。先生にひどいこといっちゃった》
「OHHH! ステファニィィーー! 先生はここにいるヨォォォーーー!」
「出るなこら。見つかるだろ」
ステファニーたんのいじらしさに感極まったCTは、草むらから踊りでようとして、香介に羽交い締めにされた。
「だってダッテ、可愛い生徒がボクを呼んでいるんだヨォ?」
「もうしばらく、様子を見てからにしてはどうかね?」
「そうですよ。ここで見守りましょう」
蒸しパンを食べ、紅茶を飲んだ小さいものたちは、ふあぁ〜と欠伸をし、ひとり、またひとりと、野原にこてっと横になる。
お昼寝タイムなのだ。
すやすや。すーぴー。ぐぅぐぅ。……すー。むにゃむにゃ。
綿菓子のような雲が日射しを覆い、彼らの寝顔にほどよい陰を落とす。
気持ちよさそうに眠る小さいものたちにつられて、草むらと枝上の保護者たちも、思わず欠伸をこらえた。
ACT.3★ヴィランズの陰謀を阻止せよ! 小さいものたちのお昼寝を守れ!
だが。
保護者ズのほうは、のんびり昼寝をするわけにはいかなかったのである。
なぜならば――
たった今まで青空に浮かんでいたはずの白い雲が、墨を流したような雨雲に変貌したのだ。
一転にわかにかき曇り、という現象である。それも、わざとらしく杵間山上空だけがそうなってしまった。
小さいものたちは何も気づかずに、むにゃ、と、寝返りを打っている。
「不穏な気配だね」
ブラックウッドが変わり身を解き、いつもの姿に戻る。
ほぼ同時に、どこからか、甲高い声が聞こえた。
「雨を降らせてやるぞ。ざーざー土砂降りだ! ピクニックなんか台無しだ。ざまあみろ」
「誰だ? ……ヴィランズか?」
香介は、声の主を確かめるべく辺りを伺う。しかし、それらしきものは見えない。
「何者であれ、愛しい彼らの平和なひとときを荒らすような真似は、私たちが許さないよ」
ブラックウッドが低く声を落とす。CTは金槌を振り上げた。
「ソウさ。ソンナ悪逆非道残酷無比なコトをしたら、ボクも怒っちゃうヨ。キミなんかこの金槌で(ピー)して(ぴーー)で(Piiiiーーーー)だからネ!」
「そうですとも皆さん。私たちは、彼らの無邪気な寝顔を守るため、戦わなければなりません!」
「待ってマシタ、三月司令!」
一瞬で三月司令モードになった薺は、手元におたまがないので、代わりに大きなフキの葉をかかげている。
「ふん! 負けるもんか。おれ様の勇姿を見て吠え面かくなよ」
……ぱっふん♪
勇ましい言いようとは裏腹な、何やら可愛らしい音がして。
空中に現れいでたるは、、、なんと。
ほわんと丸められた白いハンカチに、細マジックで小さく描かれた泣きそうな目鼻の。
て る て る ぼ う ず だったのである。
それも、ハンカチのすそにヒモがついている体裁からして……。
「さかさてるてるぼうずのムービースター……」
薺は目をぱちくりさせ、フキの葉を下に降ろす。
「ええっと皆さん、戦うのナシ。一時休戦しまーす」
「……だな」
「そうだねえ」
「金槌使うまでもないネ」
銀幕市指折りの歴戦錬磨のつわものたちは、三月司令のご指示に素直に従い、臨戦態勢を解いた。
「降参か? 降参だな! おれ様に恐れをなしたんだな?」
ふんむ、と、てるてるぼうずは胸(?)を張る。
「……よしよし」
薺は人差し指で、ちょいとその頭を撫でた。
「このてるてるぼうず、私、アニメ映画で見たことありますよ。主人公の男の子がクラスの親友と喧嘩しちゃって遠足に行きたくなくて、てるてるぼうずを逆さに吊すんです。で、遠足当日、出発後にすごい嵐になって……。氾濫した川に流されかけた親友を男の子が助けて、仲直りするんですけどね。だけどてるてるぼうずは、ホントは雨を降らしたくなかったんです。『明日、晴れますように』のおまじないに、使ってほしかったんですよ」
ね? と、問いかける薺に、てるてるぼうずは、しゅんと項垂れる。
「……だけど、おれ様、雨降らせて遠足台無しにしろってことしか言われてないし。だったら、そのとおりにするしかないじゃん」
「別に従う必要はないだろう。しょせん、身勝手なまじないじゃねぇか」
香介が言い、
「そうとも。たとえ晴天を呼んだとしても、君が責められる謂われはないと思うがね」
ブラックウッドが微笑む。
「そうだ。ちょっと待ってね」
薺は、足元に群生しているたんぽぽとすみれを摘み、組み合わせて小さな花冠を作った。
てるてるぼうずの頭に、そっと乗せる。
「こうすると、春の妖精みたいで可愛いですよ」
「……妖精かぁ……。へへっ」
てるてるぼうずはまんざらでもなさそうに、くるくる回ってから、やがて、現れたときと同じように、ぱっふん♪ と音を立てて消えた。
……と。
見る間に、杵間山上空の雨雲が晴れていく。
小さいものたちのお昼寝は、守られたのである。
「器用ダネ、薺クン。花冠作れるンダ」
「森の娘さんたちに教わったことがあるんです。そうだ、小さいものクラブのみんなに作っちゃおう。あと、保護者用もお揃いで♪」
「……俺とルシフの分はいらないからな……?」
香介は思いっきり逃げ腰になったが、薺はにこにこと、収集したシロツメクサとれんげ草をその手に持たせ、レクチャーを始める。
「やってみると、そんなに難しくないんですよ。シロツメクサをこう並べて、れんげ草は端から順に絡めて」
「懐かしいねぇ。ローマでは、バラと常緑の葉とで編んだ花冠を、宴席で頭に乗せる風習があったものだよ」
保護者さんズは、一難去った安堵感に満たされていたため、ついつい、花冠制作に没頭してしまった。
そして、いつの間にやら小一時間。
小さいものたちも次々にお昼寝タイムを終え、起き出してくる。
「ふぁぁ〜。よく寝た。今度は何しようかなぁ?」
「ぶぎゅう。ぎゅっぎゅう(訳:みんなでいっしょにあそべるのがいいです)」
《じゃあ、じゃあね、かくれんぼ!》
《えー? みんなかくれちゃうと、鬼さんさびしいよ?》
《そっかぁ。そしたら、そうだ、『ハナイチモンメ』!》
《それ、なぁに?》
《んっとね、たしか、二手にわかれるんだ。そしてね》
「ギ、ギギ……?(訳:おい……。何で香介がそこに……?)」
「……?(あれれ? なずりんがいる? という瞳)」
保護者さんズはばっちり、小さいものたちに見つかってしまった。
それも、大小色とりどりの花冠に埋もれまくった、無駄にメルヘンテイストで無駄にファンタジックな、言い逃れのできない状態で。
「ぽよんす! ……って、何やってんだ? ものすごいメンバーで」
たすーたいちょーの疑問ももっともですが、何してるのかと問われても……、ねえ?
ACT.4★花いちもんめと「空飛ぶふるしき」
かくして。
バレちゃったついでに、保護者の皆さんも一緒に混ざって遊ぶことになり――
「よぉーし! 人数がふえたところで、花いちもんめだ!」
たすーたいちょーの掛け声とともに、小さいものクラブ&保護者クラブ共催『第一回銀幕花いちもんめ大会in杵間山』が執り行われたのだった。
【小さいものクラブサイド】
「がんばるぞー!」
「ぷぎゅぎゅー(訳:ごしゅじんさまとたいせんなのです)」
《えへ。先生がほっしい♪ っていうんだー》
「……ギッ、ギ、ギ……(訳:頼む……。俺を外してくれ……)」
「……♪ ……♪(楽しそうにハミング)」
【保護者クラブサイド】
「うふふ、歌いたくなっちゃいますね」
「……(にこやかに優雅にお付き合い)」
「OH! ボクのカワイイ生徒たち、今いくヨォォー!」
「ジャンケンしてからにしろ」
最初は小さいもの勢と保護者勢に分かれての開始だったが、ターンが進むにつれ、メンバーが入り乱れていく。
★第7ターン
小さいものクラブサイド【太助・人魂s・ブラックウッド・ばっくん・香介】
保護者クラブサイド【薺・CT・ルシフ・つっちー】
「……(なずりんがほしい、と目で訴え)」
「Kurutanがほっしい♪」
※台詞の主はご推察ください。
「勝負です!」
「よし(仏頂面だが目は真剣)」
薺VS.香介、じゃんけん、ぽん!
「わ♪」
「……くっ」
薺が勝ち、保護者クラブサイド、くるたん取得。
★第8ターン
小さいものクラブサイド【太助・人魂s・ブラックウッド・ばっくん】
保護者クラブサイド【薺・CT・ルシフ・つっちー・香介】
「まけーてくやしいぞ、はないっちもんめ」
「勝ってうれしい花いちもんめ♪」
《つっくんがほっしい♪》
「太助くんがほっしい♪」
「まさか、つっちーと戦うことになるなんて!」
「ぷぎゅううー!(訳:しょうぶのせかいはかこくなのです)」
太助VS.つっちー、じゃんけん、ぽん!
あいこでしょ。あいこで、しょ!
「やりぃ」
「ぶぎゅー(訳:やっぱりたすーたいちょーはつよいのです)」
太助が勝ち、小さいものクラブサイド、つっちー取得。
★第9ターン
小さいものクラブサイド【太助・人魂s・ブラックウッド・ばっくん・つっちー】
保護者クラブサイド【薺・CT・ルシフ・香介】
「勝ってうれしいぞ、はっないちもんめ」
「負けるっテ悔しいネ、ハナイチモンメ」
《《《《《先生がほっしい♪》》》》》
「ブラックウッドさんがほっしい♪」
「今行くよゥー! アレ? デモ負けるの嫌だナァ」
「何だか、雪合戦を思い出すね」
クレイジー・ティーチャーVS.ブラックウッド、じゃん、けん、ぽん。
あいこでしょ。あいこでしょ。
……あいこでしょ。あいこでしょ。あいこでしょ。
しょ、しょ、しょ、しょ、しょ。
しょしょしょしょしょしょしょしょ――
32回あいこが連続という死闘の末、CTの勝利!
保護者クラブサイド、ブラックウッド取得。
「ブラボー! ヤッタネ! ……ソッチに行けないケド」
「負けてしまった。……何ということだ」
「ぷぎゅー。ぷぎゅぎゅー。ぎゅうむー?(訳:ごしゅじんさま、そんなにきをおとしちゃだめです。あしたというじはあかるいひとかくのですよ?)」
★ ★ ★
いとおしさだけを残し、時は過ぎる。
それが、にぎやかな楽しい時間であればなおのこと、春の日は疾く去ってゆく。
見上げた空には煌々と、満月。
誰かがぽつりと呟く。帰らなくちゃね、と。
「俺、みんなを送ってくよ!」
太助が広げたのは、古ぼけた風呂敷だ。
「俺とつっちーとブラックウッドさんのひみつだったんだけど、いいよな?」
「ぷぎゅう。ぷぎゅぎゅっ、ぎゅぎゅ!(訳:ないしょのぼうけん、みんなでするです! びゅんびゅんできゅうこうかです!)」
《なになにー?》
《どうするの?》
「ギィ? ギッギッ(訳:なんだこれ? ただの風呂敷だろ?)」
「……。……!(唐草模様を見つめている。目が回ってきてふらふら)」
人魂sが興味津々に身を乗り出し、ルシフは胡乱げに鼻をひくつかせ、ばっくんはきょとんとしている。
「空を、飛ぶんだ。これにのって」
これぞ太助が、満月の夜にだけ使える魔法――その名も「空飛ぶふるしき」!
小さいものたちを風呂敷に乗せ、太助はむにゃむにゃと呪文を唱える。
風呂敷はふわりと地を離れ、宙に舞い上がった。
月光が、降り注ぐ。
ジェットコースターのように空を滑空する風呂敷と、小さいものたちの上に。
空を見上げながら、徒歩で山を降りる、保護者たちの上にも。
眼下には、銀幕市の夜景が広がっている。
「あ、みんなが手を振ってる」
「……それはいいが、風呂敷の高度と速度、落ちてきてないか?」
「生徒たち、自力で飛び始めたヨ?」
「あの魔法には限界があるからね。だからこそ、ここに保護者が控えているのではないのかね?」
ブラックウッドは笑い、歩を早めた。
「そろそろSOSだろう。さあ――急ごう」
風呂敷がぐらりと傾く。
保護者たちは駆け足になる。
魔法の効果が切れて、空から戻ってくる小さな彼らを、地上で抱きとめるために。
石ばしる 垂水の上のさわらびの 萌え出づる春になりにけるかも
――志貴皇子、万葉集より
――Fin.
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クリエイターコメント | 小さいものクラブ&保護者クラブの皆様を、萌え出づる春の杵間山に長らくお引き留めして申し訳ありませんでしたァァァァーー! 皆様の心臓破りのチャーミングさに、記録者も動悸息切れが止まりません。罪なかたたちね。 なお、草むらには銀幕ジャーナルの記者もひそんでおりましたので、関係者一同の愛くるしいお姿はまんべんなくすっぱ抜かれ、巻頭グラビアを飾っちゃうことと思われます。 |
公開日時 | 2008-06-03(火) 19:10 |
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